4月27日(金)
今日は、石川翁顕彰会主催により「記念講演会」が開催されました。
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講演会の開会に先立ち、石川翁顕彰会の総会が開催されました。
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石川翁顕彰会の加藤金一郎会長。
石川理紀之助翁検定の実施にあたって、
商工会では顕彰会様はじめ、加藤会長からも絶大なご協力をいただいています。
専門委員としてたくさんの貴重なご意見・ご助言を頂戴しているほか、
検定試験当日には座学講義の講師の役割も担っていただいております。
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総会も無事終わり、いよいよ「記念講演」を開会。
商工会では、今日の「記念講演会」にあたり石川理紀之助翁検定で合格された皆様が、
石川翁についてさらに深い知識の習得をされるよう願い、
今日の講演会を168名の伝習士の皆さんにご案内をいたしました。
その結果、市内外から8名の伝習士が講演の聴講に参加してくださいました。
また、今回はやや急なご案内となったため、
「先約があり出席できないが、大変興味があるので資料を送って欲しい。」
と、参加できないことを残念と、お電話やお便りを頂戴した伝習士もいたほど。
石川検定事業を通じて、このように石川翁に思いを寄せる方が多くなっていることに、
検定試験を実施してきた側の者として嬉しさがこみ上げてきます。
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さて、本日の講師をご紹介しましょう。
秋田県立博物館で高橋正先生。
講演テーマは「金足奈良家の歴史について」です。
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奈良家は出羽国秋田郡金足村の豪農で、旧奈良家邸宅は現在秋田県立博物館の付属施設として現存しています。
その旧奈良家ですが、先日(4/3~4)発生した暴風により敷地内の大木の多くが損傷を負い、
これまで復旧作業を行うため閉館していたとのこと。
やっと修復に目途が立ち、明日(4/28)から再開する運びになったとのこと。
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石川理紀之助翁は、この奈良家に隣接する別家の奈良家に生まれ、
その後、この旧奈良家で丁稚奉公をしたという歴史がある場所です。
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講演では、旧金足家住宅の特徴について興味深いお話をたくさん伺うことができました。
・昭和40年5月29日に国指定重要文化財に指定された。
・門は「両中門造り」といい、中門が二つある設計になっている。
 そのうちの一つは日常的に利用される通用門、
 もう一つは冠婚葬祭など特別なときにだけ利用される門とのこと。
 なんとも、リッチな門のつくりをしているものです。
・奈良家の歴史のスタートをひも解くと、(明確な文献がないものの、)
 現在の「大和郡山市小泉町」が起源となると思われ、「奈良」という苗字は奈良県が根源なのかもしれない。
 ”奈良県”の”小泉町”から来た”奈良家”、
 その勢力拡大とともに、この地を”小泉”と名づけた。納得させられます。
 (そういえば、潟上市豊川”山田”の石川翁が農村救済を行った宮崎県のその町。
 いま、宮崎県北諸県郡”山田”町という。これも偶然の産物ではないように思えるキムカズなのでした。)
・さらに、奈良家が初めて秋田入りした弘治年間(1555~58)、
 当初一族を抱えて現在の潟上市昭和豊川字上虻川に移住したのが最初という史実もあるとのこと。
 その後の奈良家は隆盛とともに金足へ進出、
 そしてその金足小泉に生を授かる石川理紀之助翁。翁がその生涯を生きた地”豊川”と奈良家の偶然。
 ミステリーというか神秘的というか、偶然は必然とはこういうケースもいうのでしょうか。 
・文化7年(1810)男鹿大地震の際、奈良家では白米三百表を寄贈。これにより一代苗字御免が認められた。
そのほかにも、豪農として数多くの地域の社会基盤の整備などを通じて社会貢献をしてきた奈良家。
・下の写真のご紹介。
 旧奈良家住宅に祀られ、今でも実在している「馬屋神」。
 これは、猿の本当の頭骨でできており、農作業には欠かせない馬の健康を願うおまじないでした。
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「べんけい」という道具。
竹で編んだかご状のものにわらを詰め、
これに串をうった魚などを刺して燻製を作ったり、
小魚は煮干のように出汁を取るのに使用したというもの。
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そのほかにも、
・旧奈良家住宅で使用されている大黒柱は8.7メートルもあり、材質は杉。
 これほど大型の木材となると、樹齢は300年以上の大木であることが予想されるとのこと。
・上座敷の漆喰塗り、一箇所だけわざと漆喰を塗らなかった箇所がある。
 それは床の間の上部で、表面的には死角になる場所。
 では、なぜそこに漆喰を塗らずに、あえて塗り残したのか。
 その理由は、”塗り残しを残すことで、家づくりを完成させない”、
 ”いつか塗ることのできる家計となるよう、家族協力して家業を発展させよう”
 との思いが込められているとのこと。
キムカズ、恥ずかしながら「豪農」というと、ついつい年貢とか小作人から取り立てとか、
負のイメージを抱いてしまいがちでした。
今日の講演を聴いて、奈良家の豪農として社会への貢献度、
そしてその前に家業の維持に努めようとする姿勢、
そのような内と外を強固にしようとする姿勢を感じることができました。
豪農も小作人もそろぞれの立場で精一杯生きていたこの時代。
今の時代は・・・勝ち組とか負け組とか、意味の分からない括り(くくり)をしようとする志向・感覚。
人間すべてが健康で活き活きと生きていく社会。
そのために、その立場立場でできる仕事をする。そんなことをもう一度見直してみたくなりました。
潟上市商工会サイト